凸と凹「登録先の志」No.2:蒲勇介さん(NPO法人ORGAN 理事長)


100年先に残したい、長良川の物語


両親は美容師で、小3から岐阜で育ちました。田舎の文化や自然に興味はなく、マンガやゲームが好きな子どもでした。

高専で工学を学んだ後、大学では芸術工学部に進み、アートやデザイン、編集を学びながらも、授業でとった地域経済学と環境経済学が、その後の人生を大きく変えたと思います。最初は漠然とした、不公平な社会や資本主義等への不信感がありましたが、徐々にそれを引き起こしてきた構造的な問題に目が行くようになりました。

就職氷河期でしたが、フリーランスでデザインの仕事で食べていけると思っていた頃、「社会起業家」という言葉に出会いました。

グローバル化や南北問題などの構造的な問題を知り、地方と東京も途上国と先進国のようだと感じました。岐阜でNPOを起業する仲間がいて、合流するためにUターン。みんなで模索しながら、岐阜の柳ヶ瀬商店街で活動を始めました。

その後、フリーペーパー『ORGAN』を創刊。その取材中に岐阜市の伝統工芸品「水うちわ」に出会い、水うちわ復活プロジェクトを開始したことで、何もないと思っていた岐阜に地域アイデンティティの核になりうる物語があることを発見しました。長良川の水運によって運ばれた美濃和紙が、世界に通じるプロダクトを生み出していた。岐阜と長良川に誇りが持てる美しいストーリーだと思いました。

こうした過去の歴史や文化にあまり光が当たらない…。そんな状況に憤りながら地元のことを学んでいきました。体験型のゼミを皮切りに、文化交流イベント「長良川おんぱく」をスタートし、美濃や郡上の集落も巻き込みながら毎年開催。自分自身が事業を興すこともあるけれど、地域の人の力を引き出すことを学びました。


日本人が心のよりどころとしている風景を残すために


川漁師やちょうちん・和傘の職人、さまざまな地域文化の担い手と出会い、その文化をどう持続可能にしていくのか、問題意識を持つようになりました。すでに亡くなった方や引退した方もいる。担い手がいないことで終わってしまう。それが悔しくて、後継者を募集して育成し、岐阜と長良川に愛と誇りを持って暮らす人を増やす活動を始めました。

伝統的な生業を自分の子どもや孫世代につなげていきたい。持続できる状況まで持っていきたい。担い手を育てるには、長期スパンで資金も必要です。後継者の2~3年の生活費や師匠への謝礼を捻出する必要があります。

特に伝統文化に関心を持っている人に応援してもらえたらと思っています。あなたの好きな歌舞伎も、舞妓さんも、相撲も、神社仏閣も、岐阜和傘がなければ洋傘を使うしかありません。日本独自の文化に岐阜という和傘産地は責任を持っていると思うし、岐阜和傘産業を再生することで、日本人が心のよりどころとしている風景を残していきたいと思います。

伝統工芸はもちろんですが、長良川の漁師も守りたいと思っています。漁師は川や自然と共生することを体現している人。舟の心配をして、川の掃除をして、鮎を採って生きている人はもう日本にほとんどいません。それだけの川がないし、何よりそれだけの覚悟が持てません。

川と一緒に生きてきた岐阜です。長良川は国連食料農業機構により世界農業遺産に登録されているいる唯一の河川でもあります。流域という循環があるから、さまざまな生き物が生態系で生きていけます。その姿を見に来てほしいし、漁師を未来につなげていきたい。漁師を支える仕組みも細々と残っているのが岐阜。そんな仕組み自体を世界的にも残していきたいと考えています。


担い手の年齢で決まる緊急度…。待ったなしの状況


後継者育成の緊急度は、担い手の年齢で決まります。例えば、全国に蛇の目傘の傘骨を出荷する傘骨職人は現在86歳。まだ元気に活動されていますが、育成は急務です。他にも、日本唯一のろくろ職人は現在69歳です。双方とも岐阜にしかいない職業です。

他地域の方にはまずは遊びに来てもらって、彼らのような地域文化の体現者に出会ってほしいと思っています。また、地元の人には、地元の魅力を語れるようになってほしい。語れる仲間を増やしたいと思っています。地域全体の文化を知ることで、それぞれがつながり、結びついていること、その豊かさや楽しさが感じられるようになり、長良川流域を包み込む文化を語れるようにもなるのではと考えています。

ただ、自分は、こうして語る「物語」を自分だけで完成させてしまうところがあり、みなさんにも関わってもらって一緒につくり上げていく“余白”がないところが弱点だと感じています。思いは明確ですが、自分一人では到底できないことですから、みなさんに助けてもらいたいです。

体験して、語り手側になってくれる人との出会いがこれから楽しみです。


取材者の感想


岐阜や長良川のことを語り出したら止まらない、という感じで熱く語ってくださる蒲さんが、昔は田舎の文化や自然には興味がなく、岐阜には何もないと思っていたことにとても驚きました。

「父は渓流釣りが得意で、その価値が今でこそわかるようになった」と話す蒲さん。同じような経験をする若者や子どもたちが、これからどんどん増えていくのだろうと思いました。

私は地元のことをほとんど知らないし、思いを馳せることもなかったな…と少しさみしい気持ちになりました。でも、蒲さんたちの活動を応援することで、日本人が心のよりどころとしている風景を残すという壮大な物語に少しでも参加できるなら、まずはそこから始めてみるのもいいかもしれないなと思えるインタビューでした。(長谷川)


蒲勇介さん:プロフィール


NPO法人ORGAN 理事長/長良川てしごと町家CASA プロデューサー

1979年郡上市生まれ。2003年より岐阜市を中心とした長良川流域のまちづくりに携わり、長良川の恵みが美濃和紙や岐阜和傘・提灯などの伝統工芸を生み出すという物語に出会う。2015年経済産業省「地域資源活用ネットワーク形成支援事業」を通し、長良川流域の観光マーケティングに取り組み、2018年度より観光庁日本版DMO法人に登録。長良川ブランドを生かした水うちわ、岐阜和傘など伝統工芸品の商品開発や販売など、地域商社としても活動中。




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