凸と凹「登録先の志」No.38:新保英典さん(NPO法人こども未来 重心型放課後等デイサービSunny 管理責任者)
他の人の人生の一端に触れられることが喜び
子どもが小さく生まれたことをきっかけに、療育にかかわるようになりました。それから保育士の資格を取り、せっかくだから資格を活用したいなと思った時に、こども未来と出会いました。その時点では保育士経験がない初心者でした、2020年に保育士としてこども未来に入職しました。保育園の管理者を経て、現在は重心型放課後等デイサービスの管理責任者を担当しています。
こども未来に来る前は、高齢者の介護施設で働いていました。その頃から、誰かを直接支援することが好きでした。自分一人で生きていると、自分の人生しか歩めませんが、誰かを支援すると、他の人の人生も少しだけ一緒に歩むことができると感じています。高齢の人だと、自分が生きていない昔の人生を感じることもできます。それぞれの方たちの人生の一端に触れられることが喜びです。
今日の自分は明日のあなたかもしれない
誰かを直接支援することが好きなのはなぜか、何が自分の軸になっているのかをもう少し考えてみたら、ある出来事が思い浮かびました。
20代の頃、仕事で悩んだ時におじさんに話を聴いてもらってすごく救われたことがありました。そのおじさんは、京都の三条大橋で『ビッグイシュー(※) 』を売っているホームレスの方でした。その時に今日の自分は明日のあなたかもしれない、人の立場は容易に変わるものなんだと思いました。また立場が違えどお互いに支え合うことが可能なんだとも感じました。
こども未来に来ている子どもの中には、生まれながらではなく、途中で重症心身障碍児になったお子さんもいます。障碍は決して固定されているものではありません。特別なことではないし、日常の中に溶け込んでいるものだと思います。ホームレスのおじさんとの出会いから、私たちの生活はどこまでも地続きで、いつでも入れ替わるものだと感じました。ちょっと利己的な考えですが、仮に自分の状況が入れ替わった時にも、周りの人にちょっとだけ目をかけてほしい、助けてほしい、と思っているからこそ困っている人に寄り添いたいな、と思っているのかも知れません。
気づいた人が動いていかないといけない
「医療的ケア児」という言葉が生まれて15年ほどになります。この間に対象となる子どもの数は2倍になり、重度で人工呼吸器をつけている子も10倍、20倍に増えていると言われています。これだけの数の子どもたちがどんどん世に出てきていますが、支援体制は十分に整っていません。そうであれば、支援体制が整っていないことに気づいた人が動いていかないといけないのではないでしょうか。
例えば、教室にごみが落ちている時に、「うわ~汚いな」と思いながらずっと放っておくのか、自ら拾いに行くのか。気付いている人、アクションを起こしてくれる人は決して一人ではないので、気づいてしまった仲間と一緒に取り組んでいこうと思っています。
現在、京都市にあるショートステイはわずか数か所で、利用できる方もはほぼ固定になってしまっているそうです。今も預ける場所がなくて困っている当事者の方たちのために、「どんな障碍があっても大丈夫、京都府ショートステイプロジェクト」にこれからも取り組んでいきます。
※『ビッグイシュー』は、ホームレスの人が雑誌を仕入れて販売し、その収益で自立を目指す仕組み。1991年に英国で始まり、日本では2003年に創刊された。
取材者の感想
「支援することは、誰かの人生を一緒に歩むこと」という言葉が心に残りました。自分以外の人生をともに体感できることに喜びを感じる新保さんの原点が気になりました。ひょうきんで、よくふざけていて、人とかかわることが好きな子ども時代だったそうです。今も人とのつながりを大切にし、広げていこうとする姿勢につながっているのだと感じました。
インタビューにあたって、ChatGPTを壁打ち相手にしてみたものの、かえって話がまとまらなくなったと笑っておられました。新保さんの人柄や思いがしっかりと伝わってくるインタビューだったなと思います。(長谷川)
新保英典さん:プロフィール
NPO法人こども未来 重心型放課後等デイサービスSunny 管理責任者
大学卒業後に児童館職員、遊具の営業職、高齢分野の介護福祉士を経験。小さく生まれた次男が療育にお世話になったことから、療育の現場で働く保育士に興味を持つ。保育士資格取得後の2020年にNPO法人こども未来に入職。2021年には保育園管理者、法人理事にも就任。2023年からは同年4月開設の重心型放課後等デイサービスの管理責任者をしている。
NPO法人こども未来は、凸と凹「マンスリーサポートプログラム」の登録先です。
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