凸と凹「登録先の志」No.39:麻生知宏さん(NPO法人Since 代表理事)
社会に対する自分のあり方に悩んだ学生時代
現在、フリースクールやユースセンターなどを運営しています。立ち上げたメンバーとは大学で出会い、ともに起業しました。フリースクールを始めたのは、不登校の子どもたちに強い関心があったからです。ぼく自身も子どもの頃、学校へ行っていませんでした。「社会の中で自分はどうあるべきか」をずっと悩んでいたのです。
野球や生徒会をやっていた時は、「役割があるから自分はここにいていい」と感じていました。でも、次第に「自分のために周りがいるのか」「周りの期待に応えるために自分がいるのか」がわからなくなり、学校に行けなくなってしまいました。その後、不登校の子たちが集まる高校に進学しました。「自分に価値をつけたい」という思いが強くなり、ぼくにとっての価値は「勉強」でした。
大学に合格してからは、部活動にも熱中しました。高校・大学時代を通して、「勉強ができるからすごい」「がんばるから存在していい」という考えに縛られていたように思います。不登校の子を「悪いこと」とする社会の風潮は、自分自身を否定することでもある。だからこそ、「不登校の子どもたちを何とかしたい」という思いが芽生えました。
大学で出会った生鷹と門脇の存在は、本当に大きかったと思います。教員免許を持っているので、学校の先生になるという安定した道もありました。それでも彼らは、「お金にならなくても、“泥船”でも一緒にやろう」と言ってくれました。「できなさそうでもいいじゃん」と笑ってくれる仲間の存在に、何度も救われました。
不登校は「教育を取り戻すチャンス」
不登校の問題は単に「学校に行く・行かない」という話ではなく、市民が「教育を取り戻すチャンス」だと感じています。いつの間にか私たちは、“学校”という仕組みに教育を委ねてしまっているのではないでしょうか。生まれた地域の学校に通い、担任の先生も、学ぶ内容もすべて決められている。まるで教育を“業務委託”しているような感覚があります。
だからこそ、「本当にそれでいいの?」と立ち止まって考えることが、不登校問題の本質だと思います。少し面倒に感じるかもしれませんが、「この子にはどんな教育が必要だろう?」と一人ひとりに向き合うこと。そして、もっと広い意味で、「大人も子どもも、どんなふうに生きていきたいのか」を考えることが大切です。
子ども自身が考える機会を持ち、可能性を広げていけるようにしたい。それは決して一部の専門家や教育関係者だけの課題ではなく、市民一人ひとりがかかわれること。市民運動と言うと少し大げさかもしれませんが、みなさんと一緒に、そんな社会を考えていきたいと思っています。
不登校を経験していなくても、「学校に行きたくない」と感じたことのある人は多いはずです。一方、自分は不登校でなかった人の中に、「不登校を許せない」と感じる大人も少なくありません。それは、学校以外の選択肢を認めてしまうと、自分のこれまでの人生を否定するように感じてしまうからではないでしょうか。だからこそ、まずは「自分の道を肯定してほしい」と伝えたい。その上で、「でも、それ以外の道があってもいいよね」と思える社会をつくっていきたいです。
“泥船”でも、みんな一緒なら楽しめる
不登校になった時、正直「人生終わった」と思っていました。でも、今振り返ると、あの時間が今の自分をつくってくれたと感じています。「Since」という団体名には、「不登校を“何かの始まり”にしていこう」という思いを込めました。どんな出来事も、捉え方次第で意味が変わる。うまくいかないことも、失敗も、見方を変えれば自分を成長させる糧になる。そうやって“価値づけ”を変えていくことが、幸せに生きる力になると信じています。
立ち上げ当初は、メンバー4人でどこまでいけるか試してみたいと思っていました。でも、今は自分たちだけでなく、みんなに「“泥船”に乗ってほしい」と思っています。この“泥船”とは、うまくいく保証のない挑戦を、それでも一緒に楽しめる船。Sinceの活動は、誰かのために「手伝ってもらう」のではなく、かかわる一人ひとりが「自分のために」ここにいていい、そんな場でありたいと思っています。
かかわってくれる人の人生や考えを聴くことを大切にし、仕事や作業をお願いする関係ではなく、「その人自身」に関心を向けるかかわりをつくっていきたい。「誰でもいい」ではなく、「あなたと一緒にやりたい」と思える関係を広げていきたいのです。理想論に聞こえるかもしれませんが、たとえ凸凹があっても、それを含めて一人ひとりの価値だと思っています。
ぼくたちの挑戦はまだ小さく、決して完璧ではありません。けれど、この“泥船”には、あなたの居場所があります。不登校だった自分がもう一度始められたように、この船に乗って、“何かの始まり”を一緒につくっていきませんか。
取材者の感想
教育は誰もが通ってきた道であり、自分の経験と重ねて考えやすいテーマだと感じます。私自身も学生時代に教員免許を取得し、教育への関心を持ち続けてきました。それでも、麻生さんのように「教育を自分たちでつくっていく」という視点で深く考える機会は、これまであまりなかったように思います。取材を通して印象的だったのは、「不登校」という言葉を問題ではなく、「教育を取り戻すチャンス」として語る麻生さんのまなざしでした。
先日参加したSinceの「年次報告書を読む会」では、参加者のみなさんが「子どもたちやSinceから元気をもらっている」とうれしそうに話していました。その言葉に、麻生さんが語っていた“泥船”でも、一緒に楽しめる関係性の意味が重なりました。「あなたと一緒にやりたい」と思える関係を丁寧に育てていることが、活動の根っこにあるのだと実感しました。(長谷川)
麻生知宏さん:プロフィール
NPO法人Since 代表理事
中学時代に不登校を経験。人生の終わりを実感する一方で、転機となる出会いに恵まれる。同じく不登校の子どもを支えたいと教育学を専攻。大学卒業後に、仲間ともにフリースクールを設立。2024年からNPO法人フリースクール全国ネットワークの理事にも就任。
NPO法人Sinceは、凸と凹「マンスリーサポートプログラム」の登録先です。
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