凸と凹「登録先の志」No.21:乾祐子さん(社会福祉法人あいの実 理事長)


介護の仕組みは本当に困っている時に助けてもらうもの


あいの実は2005年に設立し、今年で18期目を迎えました。団体立ち上げのきっかけは、50歳の頃に働かなければならない転機を迎えたことです。3人の主婦で介護を行うNPOを立ち上げることにしました。法人設立に向けて、介護の勉強にも行きました。

実は、結婚後24~30歳ぐらいまでの6年間、義父の介護をしました。介護保険の制度がない時代で、自分が出産する時ぐらいどこかに預けたいと思いましたが、どこの病院に行っても「老化は病気じゃないから」と受け入れてもらえませんでした。相談相手もいなくて、民生委員が年1回訪問に来ても、何のために来ているのかわかりませんでした。家族だけでなく、社会で見守ってくれる仕組みがあったらいいのに、と思っていました。

介護保険の制度が始まり、介護の仕組みは本当に困っている時に助けてもらうもの、ということがわかってきました。「こういう仕組みが昔からあったらよかったのに!」と感動しました。それで、ぜひこの事業を成功させようと思うようになりました。


地域全体で重い障がいを持った方を見守ることができる状況をつくりたい


NPO立ち上げメンバーのお母さんが要介護5の状態だったこともあり、重い障がいのある方も事業の対象にしました。5人の利用者さんがいらして、そのうち2人は重い障がいを抱えており、たんの吸引が必要でした。ご家族には「たん吸引しないヘルパーはいらない」と言われました。事業所を立ち上げた時は、たん吸引を行うことは躊躇していましたが、切羽つまった様子を目の当たりにして、やらないといけないと思いました。

当時のヘルパー23名にたん吸引をやるかどうかのアンケートを取ると、22名が「やります」と言ってくれました。前向きに新しいことにチャレンジしようという思いを持ったスタッフが多かったことに救われました。事業所として吸引をやれるようにするには、やり方を教わらないといけないし、書類の整備も必要でした。

できるだけよい先生を巻き込んで、質の高いスタッフ研修をやりたいと思い、勉強する機会があれば可能な限りすべて参加しました。よいと思った先生には声をかけ、すぐに次の研修講師を依頼しました。いい先生を呼んで、自分の事業所だけで開催するのはもったいないと思い、600ほどの同業者にも参加費無料で勉強会への参加を呼びかけました。他の事業所も同じく困っていると思いました。それで一緒に学ぶことで、地域全体で重い障がいを持った方を見守ることができる状況をつくろうと、これまで事業に取り組んできました。


重い障がいのある子どもたちが青空の下でさんさんと太陽の光を浴びられるように


これからは「仙台あばいんプロジェクト」を広げていきたいです。あばいんとは、仙台弁で「一緒にいこう」という意味があります。重い障がいのある子を持つお母さんたちが就労できる場として、2023年にはカフェを始める予定です。お母さんたちは、重い障がいのある我が子に日々向き合うことだけで精一杯です。でも本当は働く場がほしいと願っておられて、カフェで働ける話をしたらキラキラと目を輝かせてくれました。プロジェクトでは、子どもと一時離れて暮らす機会をつくる等、お母さんたちが自分自身と向き合って、自分や子どもの将来をじっくり考えられる時間をつくることも想定しています。

こうして重い障がいを持った方とのお付き合いが続いてきましたが、いくら私たちがお手伝いしても、サポートが十分ということはないと感じています。これまでは主に公的財源を活用してさまざまなサービスは提供してきましたが、あばいんプロジェクト等、寄付を集めてでも取り組みたいことがたくさんあります。重い障がいのある子どもたちは人工呼吸器をつけている子も多く、ちょっとした外出も困難な状況にあります。一つひとつを形にしていき、子どもたちが青空の下でさんさんと太陽の光を浴びることができる状況をつくっていきたいです。


取材者の感想


情熱と行動力のすさまじさ。乾さんのお話を初めて伺って感じたのはこの言葉でした。50歳の頃に働かなければならない転機を迎え、そこからNPOを立ち上げ、17年走り続けていらっしゃることに驚きを隠せませんでした。

600ほどの同業者に勉強会の案内を出した際には、A4の紙にとにかく思いを書いたそうです。そうやってあふれんばかりの情熱を言葉にして、発信し続けられたからこそ、今があるのだと思いました。

一方で、乾さんがぐいぐい引っ張っていくのではなく、若いメンバーのこともすごく尊重されているのが印象的でした。新しく建設する施設の色を決める際、乾さんはパステルカラーをイメージしたけれど、若いメンバーたちが選んだのは黒色でした。乾さんはそれまで、黒なんて介護で絶対使っちゃいけないと思っていたそうです。「でも、見つめている方向はひとつだから」と若い人たちに依存するぐらい任せて、軌道修正が必要な時だけ一緒に話をするという姿勢に、乾さんの懐の深さとあいの実さんのチーム力を感じました。(長谷川)


乾祐子さん:プロフィール


社会福祉法人あいの実 理事長/一般社団法人全国重症児者デイサービス・ネットワーク 顧問

1952年生まれ、仙台市出身。2005年に主婦数人とともに「NPOあいの実」を設立。自身や子どもたちも特定難病疾患を経験し、それらの経験を生かした「弱い人を理解できる・がんばっている人を応援する経営」をめざす。ALSやパーキンソン病などの方たちへの難しい介護ほど必要とされているとの思いから、誰もやりたがらないチャレンジングな介護を推し進める。訪問介護の中で出会った重症心身障がい児・医療的ケア児とその家族が置かれている状況を知り、彼らのための通所事業の開始を決意。2015年から重症心身障がい児を対象としたデイサービス「あいの実ラズベリー」を開所。現在は日本でも有数の重症児が集まる通所施設になっている。また、重症児の家族の「生きがい」や「生きやすさ」の向上にも目を向け、それらを実現するため介護事業者からソーシャルビジネスプレイヤーへの変革に取り組む。




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